「ルールに従わない多数派」と「ルールに従った少数派」

大人の人間関係トラブル

例えば、あるお店のレジにて。

「ここに並んでね」という目印を無視して、別の場所で待っていたAさんがいたとします。



別の客Bさんは、Aさんが並んでることに気づかずに、「ここに並んでね」という目印通り、そこに並びました。



すると、AさんがBさんに対し、「ちょっと、並んでるんだけど。」と。



Bさんは、Aさんが列の後ろ方向に向かっていたことは認識していたものの、そのまま並ぶものとは思っていませんでした。

だって目印のところには誰もいなかったんだから。

だから、自分が列の先頭になれると思い、その目印に並んだわけです。



BさんはAさんから注意されてから、実はAさんが並んでいたことに気づいたんです。

Bさんは内心、
「え?ルールを守ってないのはそっちじゃん。そんなんだったらあなたが目印のところに並べば良かったんでは?」
と思いました。



しかし、Bさんは下手に揉めたくはありませんでした。

それに、いつの間にかAさんの後ろに列ができてしまい、その列全体に迷惑がかかるかと思ったので、「あ、すみません。後ろいきますね。」と、後ろに並び直しました。




…という話を、私はBさんから聞いたんです。



あ、どうも。Miryと申します。

いつもブログをご覧いただき、ありがとうございます。



いつもはこの挨拶を冒頭に持ってくるんですが、今回はエピソードを先に書いてみました。


Bさん、悪くないよね…?

で、話を戻しますと。

私は、Bさんの話を聞いて、こう思いました。

ルールの是非は分からないけど、一応お店からそういうルールを提示されてるんだったら、それに従ったBさんは悪くないと思う。



お店から言われているルールに従ったBさんは、何にも悪くないですよね。

「Aさんが先に並んでる」ことを確認できていなかったという点で、ベストな対応ではなかった思うけど、少なくとも悪くはないはず。

変でもないはず。



何ならこのケースにおいては、目印を無視していた(見逃してた?)Aさんの方にも問題があるような。



皆さんはどう思いますか?

夫婦で討論してみた

夫にこのことを話してみたところ、

Bさんも悪いことを言ってるわけじゃないと思うけど、先に並んでる人がいるんだったら、普通そっち優先だよね。

「Bさんが割り込んだ」と注意されても仕方ないよ。




これに対し私は、

いや、Bさんは誰も並んでないと思っただけだよ。

「ここに並んでね」っていう目印のところに誰もいなかったんだから。



すると夫は、

んー、それはBさんの確認不足じゃない?

一応、先に並んでる人がいないか確認した方がいいと思う。

そういうの、割り込みだと思われたりトラブルの元になるよ。



さらに私から反論。

確認はできてなかったかもしれないけど、それは目印を先に見つけたからであって、Bさんが悪いわけでは…。



夫はそれを遮り、

悪いわけじゃないけど、「大多数に合わせられない」って意味では「協調性がない、変な人」って思われるよね。



Bさんを「協調性がない変な人」と言う夫

ここで私はカチンと来てしまいました。
(ここから少々長いです)

極端な言い方かもしれないけど、「ルールを守らない多数派」は「協調性に問題なし」と評価されて、「ルールを守る少数派」は「協調性がない」と評価されるってこと?

そんなのおかしいでしょ。



もちろん、そのルール自体がそぐわない場合は、柔軟に対応することも求められる。

ただ今回の場合は、「お店が列の開始地点を指定してる」だけ。

そこに従わないで勝手に並ぶ人が正しいとされて、そこに従って並んだだけで変な人呼ばわり?
もちろん、「目印を無視して並んでる列」を、目印よりも先に見つけてしまった場合なら、ルールよりも空気を読んで列の後ろに並んだ方が色々円滑に回ると思う。


でも、もし目印に並び始めた人がいたとしても、その人は「ルールを守った人」なわけだから、そこまで非難される筋合いもないと思う。



ましてや今回の場合、Bさんは「Aさんが並んでいること」に気づかずルールに従っただけ。

それで「協調性がない」とか「変な人」と思われるなんてあんまりだよ。



…というのを、夫からの相槌を挟みつつ主張しました。

文字にするとほんと長いなあ。

ルールを守ってなくても周りに合わせれば?

ひとしきり私が言い終わってから夫は、

言ってることは分かるよ。

でも実際先に並んでる人がいたわけだから、「じゃあ後ろに回ろう」でいいじゃん。



私はそれに納得できないので…

実際Bさんも私も、揉め事を起こしてまでそんな些細なルールに従いたいとは思わないよ。

ある程度の社会性はあるし、性格上、周りの目だって気にはなるから。



それに、周りの状況を確認してそれに合わせていく柔軟さが大事なのも分かる。

あまりにルールに従いすぎると、周りの迷惑になるケースがあるのも分かってる。



だから実際そういう状況では、「じゃあ後ろに回ろう」ということになるよ?

いくら内心不服でもね。



ここで夫。

まあ、心の中では納得してなくても、最終的に周りに合わせてくれるんなら、それで良いけどね。


「素直にルールを守った少数派」が悪いのか?そんなに変なのか?

私はまだ納得いかない。

いや「周りに合わせる」を良しとするってことは、どうしてもそこから外れる人は変な目で見られるよね。

実社会もそうだもんね。


でもさ…
「素直にルールを守った少数派」が非難されたり、蔑ろにされたりするのが嫌なのよ!



それに対し夫は

まあ、言ってることは分かるけどねえ…。





これ以上は水掛け論になるだけなので、討論は終わりました。

終わらない討論を無理やりまとめてみる

双方の主張を簡潔にまとめると、

【夫】

Bさんも間違ってはないと思うけど、そういう人って、周りから変な人と思われたり、割り込みだと注意されてトラブルの元になる。

目印に人がいないからと言ってすぐ並ぶのではなく、他に並んでる人がいるかどうか確認して、並んでる人に合わせるべき。


【私】

Bさんも先に周りを確認しなかったのは良くなかったかもしれないけど、ルール通りに目印のところへ並んだだけ。

それで非難されたり「変な人」と思われるのは納得がいかない。




結局のところ、「ルールを守る」ことと、「周りを見て柔軟に対応する」ことのバランスをうまく取るのが大事なんですよね。

で、とある場面において、そのバランスの取り方が周りと違う人は、変な目で見られたり、揉め事のきっかけになりやすいのが現状。



残念ながら今回のケースでは、素直にルールを守ったにもかかわらず、少数派だったBさんが非難されてしまいました。

一方的にBさんが非難される謂れはないと思うんだけど…。

外の世界と関わりを持つことの辛さ

今回の討論中、自分が少数派であることを改めて実感しました。

HSPという性質上、これまでの生活において何度も感じてきたことですが、その気持ちをはっきり言葉にすることで、ありありと実感したのです。

また、Bさんのように、「私は素直にルールを守ったのに、正当な理由なくルールを守ってない人に非難された。」という経験も何度かありました。

今思えば、子供時代のいじめられ経験にも繋がってるのかもしれません。


そういう自分の「生きづらさ」を改めて自覚したことで泣けてきましたし、外の世界と関わりを持つのが辛くなってきました。

少数派としての生きづらさももちろんですが、周りに嫌な思いをさせやすいとされるタイプの自分が、人との関わりを増やしていくのも申し訳ないような気がしています。



…なんて言っていても、生きていく上では関わりを絶つことはできないので、そこは頑張りますけど。

それに、人との関わりが楽しいと思っている自分もいますし。


「人と関わることの辛さ」の方が大きい・多い…ってのが問題なんだよなあ。

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